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蔵出し!文书馆 第62回

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収蔵する贵重な学内资料から
140年を超える东大の歴史の一部をご绍介

第62回 坐右標準 ― いつでもそばに、確かなルールを

前回ご紹介したウインドー?アルバムから一転、随分と傷んだ表紙である画像の資料は『坐右標準 壱 明治七年二月ヨリ十二月至ル』()という名の簿冊で、当館所蔵の『農学部前身组织関係資料』に含まれていました。

 农学部のルーツは明治7年に设置された农事修学场までさかのぼります。农事修学场は明治10年に农学校、明治15年に驹场农学校、明治19年には东京山林学校と统合して东京农林学校となり、明治23年に东京帝国大学农科大学となりました。
 『農学部前身组织関係資料』はこれらの各機関によって作成され、引き継がれていった文書群です。この簿冊も、表紙には「農学校」、中表紙には農事修学場の事務を担った「農学掛」と書かれており、さらにその両方に「東京農林学校図書印」が押されているなど、组织変遷の跡を確認することができます。
 『坐右标準』は全部で5册残っており、明治7~19年に作られた规则类や文书のひな型等が确认できます。その中には簿册の类型が记された明治9年の文书もあり、『坐右标準』について「此簿册ハ本省御达ノ诸规则其外総テ模范トナルベキ一切ノ件ヲ纂集缀込ノ坐右ノ便ニ供ス」と书かれています。その名のとおり、日々の业务を进めるうえで参照すべき规范をまとめた、座右の书ならぬ「座右の簿册」だったようです。

 ただ、长期にわたる保管の过程で、各簿册は虫损や水损による劣化が进み、一部は开くこともままならない状态となっていました。大がかりな修復は当馆には难しく、利用にも支障が生じる状况が続いていましたが、理事の方からのご厚志により、専门家による修復とデジタル化を进めることができました
 この度、当馆デジタル?アーカイブで公开されたことにより、再び谁かの「座右の簿册」となることを愿っています。

(特任研究员:小泽 梓)


修復前の资料の状态と修復の様子は、当館刊行の『東京大学史紀要』第34号と『東京大学文书馆ニュース』第68号及び第72号でご绍介しています。
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